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マーケティングの処方箋 第2回 モデルはなぜ必要か?ロジャースとバースを対比して 朝野熙彦


モデルはなぜ必要か? ロジャースとバースを対比して – 朝野 煕彦

 市場調査クリニック・インタビュー「マーケティングの処方箋」第2回は、「モデル」はなぜ必要かについて、Rogersの「イノベーションの普及理論」とBassによる「バースモデル」という、新製品が市場に普及する過程を表す考え方の対比から論じます。


 

現場のマーケターやリサーチャーが、「モデル」を知っておく意義
 ~データの中から意味のあるもの、そこからどうしたらいいのかを見極める
 
   [市場の本質を理解しよう]

 マーケティングの現場ではデータ(事実)と論理に基づいて、何をすべきかという戦略を出す事が求められます。そして、何かマーケティングアクションを提案するなら、なぜその提案が他の提案より良い結果をもたらすのか、という論拠が必要になりますし、アクションを仕掛けた時に「市場反応はどうなるか」という予測を一緒につけて提案をしなければなりません。

 ただデータを眺めているだけでは「なぜそうなったのか」も「これからどうなるか」も分かりません。将来の市場を予測するためにはシミュレーションや予測作業が必要です。その為には、予測が実行できるモデルが求められます。そこにマーケティングサイエンスで扱うモデルの実際的な意味が出てくると思いますし、マーケティングの実務の方々もモデルの意味を分かっていたほうが良いと思います。


 

概念モデルと数理モデルの違い
 ~予測には、理論に基づいてマーケティング現象の本質的なメカニズムを定式化した数理モデルが必要

  [机上の空論]

 Rogersの「イノベーションの普及理論」とBassによる「バースモデル」を比べることでマーケティング・サイエンスにおけるモデルの真価が理解できます。どちらもイノベーション(新製品)が市場に普及していく過程を扱っているのですが、そのアプローチは大きく異なります。 ロジャースのモデルは、図1のようにイノベーションの採用者が時系列上に正規分布するというものです。そしてトップの採用者から2.5%までをイノベーター(革新的採用者)と呼びます。データを時間にそって積み上げると累積分布はS字カーブを描きますが、累積比率が16%あたりを超えた所からカーブの傾斜が急になるため、16%を超えるとキャズムを超えたというような言い方をします。

 さて、ロジャースの正規分布モデルは仮説なのでしょうか、経験則なのでしょうか、それとも実証された理論なのでしょうか?全ての製品と地域に関して、新規採用者の分布が正確に正規分布するはずがありません。そう厳密な話をしているわけではなくてあくまでも近似的な正規分布だよ、とロジャースは釈明するでしょう。しかし、なぜ将来のある一時点を分布の中心として新規顧客の発生が左右対称で分布するのでしょうか?予測技術やデータの有無を問題にしているわけではありません。そもそも現象を発生させるメカニズムが正規分布に従うべきだという論拠があいまいなのです。

  [正規分布が本質的に意味すること]

 正規分布とは何なのかを考えてみましょう。高い位置から砂粒をこぼしたときにそれが着地してできる砂粒は富士山のような形に積み上がりますね。つまり落下の真下が平均値ですが、空気のゆらぎによりその周辺に一定の分散をもって砂が散らばる、というイメージで物理的実体がイメージできるわけです。

 

図2 砂時計:砂は落ちてくる箇所を中心に山のように積み上がる

 正規分布は平均と分散という2つのパラメーターによって分布が確定します。しかし企業が新製品を市場に投入したその瞬間に、なぜ新規採用者が最大となるべき将来時点(これが平均値)と分散が確定するのでしょうか?消費者に不可思議な力が働いて、平均を中心にして人々を採用者に変えるのでしょうか?ロジャースの理論は理論どころか、仮説としても論理が通じないと批判される理由はこういう根拠のとぼしさにあるのです。 

 ロジャースのモデルは理論なきモデルの典型例だといえます。結局ロジャースのいう新規採用者の分布は、市場投入後の時間の経過とともにデータを積み上げた結果が山のように見えるのを眺めて、後付け解釈をしているにすぎないからです。またロジャースのモデルは、普及の本質的なメカニズムを定式化していないため、予測に適用する事もできません。正規分布のモデルだというなら、平均・分散2つのパラメーターの推定がどの時点でできるのか?という実務的な疑問に答えなければなりません。時間が経過してユーザーが100%新規採用しつくしてからパラメーターの推定をするのでは、何の予測にもなりません。

  [予測ができるシンプルな論理]

 一方、図3のバースモデルは、自らの意思で購入決定する人(革新者)と、革新者が買っているのを見て自分も真似をして買う人(模倣者)の2つの採用パターンがある事を仮定し、それぞれの採用ペースを意味するパラメーターを推定する事で、新規採用者数を求めます。実際には微分方程式を解いてパラメーターを同定しますが、詰まる所、新規採用者の発生メカニズムを数学的に定式化しているので、購入者数が予測できるわけです。

 マーケティング・サイエンスは、ロジャース理論の流れではなく、バースの理論を中心に研究を集中してきました。バースの基本モデルはごく単純なものでしたが、さらに革新係数、模倣係数といったパラメーター自体を更に別の説明変数で説明する事によりモデルを精緻化する事も可能です。説明変数をさらに拡張したり、異なる製品や国・地域で実証を行ったりなどの研究が精力的に続けられてきました。


 

耐久消費剤のモデルと、非耐久消費財のモデル

 バースのモデルは新規購入がほぼ市場の全てであるような、購入頻度が極めて低い商材で利用されます。グランドピアノや墓地と墓石などは買い替えや買い増しはそう頻繁ではありませんね。結婚指輪もそうしょっちゅう買うことはないかもしれません。逆にトイレットペーパーや洗濯洗剤などはリピート購入が市場にとって重要です。トイレットペーパーや洗濯洗剤は、カテゴリーとしてはたいていの人が採用済みですから、新規の顧客などは毎年あまり発生しないかもしれません。だからといって、市場が無くなってしまうわけではなく「皆が使い続ける」わけです。使用頻度や消費量を上げていけば、さらに市場が成長することさえありましょう。こうした消費財やFMCGの売上予測には、バースとは違った理論に基づいたモデルが必要になります。(非耐久消費財のモデルについてはこちらをご覧下さい


 

朝野 煕彦 (あさの ひろひこ)

1969年、千葉大学文理学部卒業後、マーケティング・リサーチの企業に就職し、コンサルティング業務を行う。1980年、埼玉大学大学院修了。その後、筑波大学特別研究員、専修大学教授を経て、東京都立大学、首都大学東京教授を歴任する。現在、多摩大学大学院客員教授。日本マーケティング・サイエンス学会論文誌編集委員。日本行動計量学会理事。著書は「最新マーケティング・サイエンスの基礎」(講談社)など多数。





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