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マーケティングの処方箋 第3回 経済学と心理学のリサーチへの貢献(第1回/全3回) 朝野熙彦


経済学と心理学のリサーチへの貢献(第1回/全3回)
- 朝野 煕彦

 マーケティング・リサーチには、調査員管理だとかグループ・インタビューの実施法のように独自に培ったノウハウもあります。しかしながらリサーチの理論と方法は大部分、統計学、社会科学、生物学など外部の学問からの借用であることも事実です。歴史が浅いから仕方ないという事情もありましょう。しかし本質的には、実社会に役立つマネジリアルな知見を追求するという目的志向が強いために、特定の学問体系に拘泥せず、何でも採り入れてきたというのが現実です。とりわけマーケティング・リサーチおよびマーケティング・サイエンスがお世話になっているのが行動経済学と質的選択です。この2つは1回のインタビューで完結させるには話が大きすぎますので、今月から3回にわたって連載することにしましょう。とりあえず今月は経済学と心理学のリサーチへの貢献について話しましょう。


 

経済学の新潮流

 伝統と権威のある経済学にも最近は変化の兆しが現れています。特徴的なのがノーベル経済学賞の内容です。カーネマンは「プロスペクト理論」、マクファデンは「質的選択」の研究でいずれも21世紀に入ってノーベル経済学賞を受賞しました。

 私は経済学の門外漢なので、あくまでも傍目としてこの2つの研究を眺めると興味深い共通点に気付かされます。順に3点あげてみましょう。

1)マクファデンは1974年、カーネマンは1979年の研究が主な受賞対象でした。よい研究が発表されてからノーベル賞を獲得するまでに数十年の歳月が流れています。

2)いずれも近代経済学への批判ないし反省にたっています。伝統的な経済学は合理的に意思決定をする人間を前提にして成り立っています。また従来の計量経済学はGDPや物価、貿易統計のような数量的なマクロデータを研究対象にしてきました。カーネマンとマクファデンの研究には伝統的なアプローチへの批判がありました。

3)経済学者はあまり触れてもらいたくないかもしれませんが、どちらの研究も心理学を研究の基盤にしています。

 
 1番目の共通点は下世話な話題です。日本にも素晴らしい研究成果をあげている先生方がいらっしゃいますが、ノーベル賞には辛抱強い順番待ちが必要だということです。

 2番目について補足すれば、カーネマンの研究は行動経済学の嚆矢となったものでした。消費者行動の非合理性と文脈依存性、そして非線形性に着目しています。これをきっかけに従来の経済理論に反する事実が次々と発見されてきました。次にマクファデンの研究はブランド選択とか利用交通機関の選択のような質的選択の研究であり、マーケティング・サイエンスに大きなインパクトを与えました。(質的選択モデルのマーケティングリサーチへの応用はこちらをご覧ください。「消費者に店頭で選ばれる商品になるための戦略シミュレーション」)

 3番目の共通点は科学史としてみると興味深いものです。カーネマンはトバスキーの研究協力を得て実験心理の手法を研究に取り入れました。そしてマクファデンはルースによる個人的選択の研究に負うところが大きかったのです。トバスキー、ルースはいずれも心理学者でした。自らが属する学問分野の伝統的なアプローチにこだわらず、広く他分野の学識を採用したところにカーネマンとマクファデンの成功の一因がありました。


 

マーケティングへのインパクト

 カーネマンの指摘は近代経済学にとってみれば驚くべき指摘でしたが、我々マーケティング研究者からすれば、従来の理論を補強し発展させるものでした。

 非合理的な消費者行動などは日常茶飯事だといえましょう。肥満は健康に良くないと言いながら、一方では別腹などといってスイーツバイキングに群がる女性達、自傷的に爆買いしてしまう人々、数学的には誤りなのに当選しやすい宝くじ売り場があると信じて並ぶ人々。

 錯覚と誤解そして根拠のない夢を追って行動する消費者は珍しくありません。化粧品の広告にはなぜ美女ばかりが出演するのでしょうか。どこに合理的な意思決定があるのでしょう。

図:消費者は時に非合理的な選択をする


 

心理学の貢献

 アメリカでいう「行動的」は積極的という意味ではなく「心理学」とほぼ同義だと理解して結構です。映画「羊たちの沈黙」に出てくるFBIの行動科学班Behavioral Science Unitは心理分析を担当するグループで、犯罪者のプロファイリングで知られています。

 戦後日本へのGHQ指導による調査導入には、東大を中心とする多くの心理学者が参画したという経緯がありました。そのため日本のリサーチ界の重要な出発点を心理学者が支えました。個人単位での質的なデータは驚くようなものではなく、マーケティング・リサーチでは、草創期から個人ベースの質的なデータを扱ってきたのでした。

 消費行動は経済的な現象ですから行動経済学の視点から分析することも意味があります。一方で行動するのは結局は人間ですから人間の心理を知ることも大事です。マーケティング・リサーチに必要なのは、経済学or心理学ではなく、経済学and心理学なのでしょう。次回は行動経済学についてもっと詳しく紹介します。


 

朝野 煕彦 (あさの ひろひこ)

1969年、千葉大学文理学部卒業後、マーケティング・リサーチの企業に就職し、コンサルティング業務を行う。1980年、埼玉大学大学院修了。その後、筑波大学特別研究員、専修大学教授を経て、東京都立大学、首都大学東京教授を歴任する。現在、多摩大学大学院客員教授。日本マーケティング・サイエンス学会論文誌編集委員。日本行動計量学会理事。著書は「最新マーケティング・サイエンスの基礎」(講談社)など多数。


 



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