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マーケティングの処方箋 第4回 プロスペクト理論と価格戦略 朝野熙彦


シリーズ:経済学と心理学のリサーチへの貢献(第2回/全3回)

プロスペクト理論と価格戦略 - 朝野 煕彦

 商店街で買い物をすると抽選ができることがあります。1等に当たれば海外旅行、2等なら5000円の商品券、3等ならティッシュペーパーなど。私はこれまでティッシュペーパーしか当たったことがないのですが、商品券が当たらないかという淡い期待をもってしまいます。このような宝くじや投資でもうかる「見込み」のことをプロスペクトと言います。不確実な状況下で人々はどのように決定を行うのかをモデル化したのがカーネマンらの「プロスペクト理論」でした。

図1:不確実な状況下での、人々の心理的な価値をモデル化する


 

非線形性と非対称性 

 賭けの結果は金額xかyになり、その一方は利得で一方は損失になるとします。そしてそれぞれの結果を生む確率をp,qとします。プロスペクト理論では心理的な価値を次のように定式化します。金額と確率を単純に掛け合わせれば統計学でいう期待値になるのですが、そうではなくてそれぞれを関数で変換するところにミソがあります。

 カーネマンらは次のような実験をしました。

A 0.8の確率で4000ドルをもらう
B 1.0の確率で3000ドルをもらう

 期待値ならAは ”4000×0.8=3200ドル” とBを上回っているのですが、2つの選択肢を見せて実験をするとほとんどの人がBを選びます。このような実験を12種類実施して、カーネマンらは次のような関数形を発見したのです。まず価値関数は図1のように表されます。


 図1:バリュー関数 v(X)

このグラフの特徴は

1)価値は金額と直線的に比例しない。
2)参照点を基準にして儲けた時は凹関数、損した時は凸関数になる。
3)得した時の関数と損した時の関数は原点を中心にした点対称ではなくて、損した時の方が急勾配である。

1)の非線形性は、物理量と感覚量の関係がたいていは対数関数をしていて、物理量に正比例して感覚量が増えるわけではないという「効果逓減の法則」を意味しています。1万円のお年玉が2万円になればすごく儲けた気がしますが、763万円の年収が764万円に増えたとしても、そんなに感激はないでしょう。

2)図1での参照点は縦横の2軸が交わる原点です。参照点より損失なら僅かでも許せないという傾向を意味しています。一方利益は僅かでも確実に確保したいという気持ちを表しています。例題でいえば、Aは0.2の確率で大儲けを逃すというリスクがあるので、それを回避したいという意味です。

3)は得したときの価値よりも、損をしたときの心理的ダメージの方が大きいという、価値関数の非対称性を表しています。

  次に、提示された確率を消費者が心の中で変容させる確率ウェイト関数を示したのが図2です。ごく微小な確率の時はより大きい方向へ修正し、反対に確実な方では確率を引き下げます。


 図2:確率ウェイト関数 π(p)

 千万分の1の確率で宝くじ1等に当たるといわれても、頭の中では当選の可能性が膨らむのです。一方確実に儲かりますと言われても、半信半疑でウェイトを下げてしまう。その結果、確率は中庸なレベルにshrinkageされがちだ、ということを表しています。


 

マーケティング上の意義

 プロスペクト理論は、マーケティングの中でも価格決定に関する戦略にしばしば採り入れられています。消費者が買い物に行く時に参照価格(reference price)が心の中に出来ていたとしますと、それより200円安く売られていれば消費者の感じる価値はプラスになります。ところが200円高かったら、それだけ損をした気になります。そして損をしたときの方が、ダメージが大きいのです(図3)。すると小売店が配慮すべきプライシング戦略としては、参照価格を下げさせないことが大事だ、ということになります。クーポン販売やバンドル販売という対策があります。図1では原点の位置は価格0だったのですが、マーケティングでは原点の位置が消費者の心の中に形成される参照価格だということに注意してください。


 図3:消費者が感じる価値

 現象上の小売価格は小売業は自店に関しては正確に把握できています。プライスを決めているのは小売店だからです。ところが消費者の心の中の参照価格は、放っておいたらわかりません。マーケティング・リサーチでは次の2つのアプローチで参照価格を推定します。

1)ダイレクトに調査をする
来店者調査でもいいし在宅のままでもいいのですが、商品の値ごろ感を顧客に聞いてしまうやりかたです。「ヨーグルトとは1個いくらくらいで売っているものですか?(○○円)」

2)個人単位で購買履歴がとれているID付きPOSデータが利用できる場合は、過去の購買時での小売価格から移動平均をとるなりして、分析者側が参照価格を推定する方法。


 

重要な文献

 マーケティングの分野で価格にフォーカスした専門書としては、上田隆穂「マーケティング価格戦略」有斐閣、1999年が有名です。理論的なだけでなく実践的な内容でもあります。行動経済学については多田洋介「行動経済学入門」日本経済新聞社、2003年をお勧めします。人間の行動は、従来の経済学が仮定してきたほど合理的ではないという事実をふんだんにあげていて楽しく読めます。そしてもちろん、Kahneman,D. and Tversky A.(1979) Prospect theory:An analysis of decision under risk. Ecomometrica,Vol.47,
No.2,263-291. が重要な文献です。2002年のノーベル経済学賞の受賞につながった論文です。


 

 次回、シリーズ「経済学と心理学のリサーチへの貢献」第3回は、来月中旬の公開を予定しています。その他、過去の朝野煕彦先生のインタビューについても公開していますので、是非ともご覧下さい。

第1回 「マーケティングの処方箋」
http://www.research-clinic.com/interview0001/

第2回 「モデルはなぜ必要か?」
http://www.research-clinic.com/interview0002f/

第3回 「経済学と心理学のリサーチへの貢献」
http://www.research-clinic.com/interview0003/

 また、市場調査クリニックでは価格戦略に関する調査手法に関しても、順次調査手法の公開準備を進めています。(調査手法の一覧についてはコチラ) 市場調査クリニックを運営する株式会社コレクシアでは価格戦略に関する調査の実績も御座いますので、詳しくはお気軽にお問い合わせ(03-5937-0137)下さい。すでに調査データをお持ちの場合は、データ再活用サービス:セカンドオピニオンにて、データ診断「0円~」のキャンペーン中です。是非ともまずはお問い合わせ下さい。


 

 


 

朝野 煕彦 (あさの ひろひこ)

1969年、千葉大学文理学部卒業後、マーケティング・リサーチの企業に就職し、コンサルティング業務を行う。1980年、埼玉大学大学院修了。その後、筑波大学特別研究員、専修大学教授を経て、東京都立大学、首都大学東京教授を歴任する。現在、多摩大学大学院客員教授。日本マーケティング・サイエンス学会論文誌編集委員。日本行動計量学会理事。著書は「最新マーケティング・サイエンスの基礎」(講談社)など多数。


 



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