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マーケティングの処方箋 第5回 ブランド選択モデル -朝野熙彦


シリーズ:経済学と心理学のリサーチへの貢献(第3回/全3回)

ブランド選択のモデル ~暗黙の前提はトラブルの元~  -朝野熙彦

  消費者のブランド選択を予測/統制することはマーケティングの重要な課題です。明日の気温が30度になった場合、スーパーで自社ブランドをエンド大陳したらどれだけ売れるかを推し量るのは予測です。一方統制は市場を操作することをさします。自社ブランドのシェアを目標水準に上げるにはマーケティング・ミックスをどう計画すればよいか、という問題です。予測は「どうなるか」、統制は「どうするか」という違いがあります。

 さて消費者がビールのブランドを選ぶのも、AKB48の総選挙で誰に投票するかを決めるのも質的な選択です。文系に進むか理系にするか、やりたい仕事は?も同じです。いずれも肉を何グラム買いたいとか、もし高かったら量を減らそうというような量目の加減で折り合える問題ではありません。人生における重大な選択は、すべて質的選択ではないかと思います。

ブランドの選択は、「質的な選択」である


 

多項ロジットモデル 

 1974年にマクファデンが多項ロジットモデルを提案しました。


消費者がm個の選択肢からj番目の選択肢を選ぶ確率は、指数化した定数効用exp(V)の比例配分で決まるというモデルです。(1)式右辺のxは定数効用を定めるr個のファクターで、bはそれらの重み係数です。


 

暗黙の前提

 (2)式はm個のブランドから必ずどれか一つを選ぶことを前提にしています。この前提はおかしいのではないか?何も選ばないという選択肢はなぜ許されないのか?という疑問が直ちに浮かんだと思います。もちろん非選択を(2)式に追加する修正案も出されています。(Iyengarなど)

 何も選ばないことをj=0で表して、その時の定数効用をとします。するとexp(0)=1 ですから、買う場合も買わない場合も含めて、トータルの確率を1にするためには、(2)式右辺の分母に1を足せばよいのです。

 これと全く同じロジックが2項ロジットモデルからロジスティック関数を導く際にも出てきます。消費者は効用が最大の商品を購買するというのが経済学の常識でした。それなら定数効用はを仮定していたのでしょうか。(1)式のbとxが任意の実数だとすると、これは無理な仮定になります。


 

ゼロはどこへ行った

 心理学では効用は消費者の心の中で感じる望ましさという潜在変数だと考えます。ですからゼロはどこにあってもよい仮原点です。たとえば「暗い-明るい」というブランドイメージを考えてみましょう。

 (A)も(B)も間隔尺度ですから、絶対原点は存在しないので等価です。そして分散や相関係数を計算する際はプログラムの内部処理で平均偏差をとりますから、どちらを入力しても結果は変わりません。もちろん因子分析の結果も同一です。

 しかしながら(1)式から分かるように(A)で定数効用を計算すればVはマイナスになる可能性があります。

 どうやら経済学には定数効用の下限は0で、それは「何もしないこと」「何も買わないこと」「どこにも出かけないこと」という暗黙の了解があるようなのです。一方、心理学や教育学の場合は知能指数も偏差値も打ち切り分布ではないので、計算手続き上はマイナスもあり得ます。しかし「真の知能ゼロや学力ゼロ」がどこにあるのかは誰にも分かりません。


 

どこで不都合が出てくるか

 暗黙の前提どおりで構わないのではないか?重箱の隅をつついているだけではないか?とお考えかもしれませんので数値例をあげてみましょう。

 表1と表2はマクファデンのオリジナルの(2)式を使って3つのブランドの選択確率を求めたものです。定数効用から一斉に4を引いてもブランドの選択確率は変わりません。

 一方買わないときの定数効用を0に固定した表3と4を比べると、選択確率は激変します。もっとも表4では「買わない」を-4にしてもらいたい、というクレームが出そうですが。

 モデル(3)は効用が0以上の値だけをとる比率尺度であることを前提にしていたことが分かったと思います。一方モデル(2)は効用の差に意味があるので効用は間隔尺度であることを前提にしていました。問題はそういう前提をいちいち断らずに暗黙の前提にしてしまうことにあるのではないでしょうか。


 

経済学と心理学の違い

 もともと経済学で想定した効用は金銭的なゲインの単調増加関数でした。ゲインというのは給与とかもらう賞金です。いずれも0円はともかくマイナスの給与とかマイナスの賞金という概念は考えなくて良かったわけです。つまり(1)式を構成する説明変数xは非負の実数が常識だったのでしょう。そして重み係数bを合計が1.0など一定数になる非負の数にすればは確実です。似たような常識は医学のリスクファクターにも出てきます。年齢、煙草の喫煙本数、血圧、脈拍、・・・すべて0はあってもマイナスの観測データを考慮する必要などありません。ですからリスクスコアの下限は0であって、マイナスは絶対に出てこないのです。

  その点、マーケティングで扱う顧客満足、評価、態度、イメージなどの心理変数はすべて絶対原点がどこにあるのかも分からない潜在変数です。

 それを何とも思わず安易にSDスケールの(A)や(B)を使うと大失敗する、ということなのです。経済学や医学からすればマーケティングの方が非常識なのかもしれません。お互いに非常識だと言っていても無意味な話です。要するに暗黙の前提はトラブルの元、お互い気をつけましょうねということです。


 

ブランド選択を予測/統制するための質的選択モデルの利用

 最後に、マーケティングで質的選択モデルを正しく利用するに当たってのポイントをまとめたいと思います。

(ケース1)ブランド選択者だけを分析する場合
 通常の多項ロジットモデルの(2)式が使えます。このケースなら評定尺度やSDスケールのような間隔尺度でも利用できます。尺度の段階数は変数によって違っても構いません。ただし、モデル推定に使うデータはブランド選択者のデータに限ることに注意してください。既存の調査データを再分析する場合は、このケースが多いでしょう。

(ケース2)非選択も予測モデルに含める場合
 非選択を他のブランドと同様に選択肢の一つとして扱うのであれば(2)式が使えます。ただしこれは(1)のファクターが何か次第です。マーケティング変数を利用するときは、そもそも買い物にも行かなかった人にとっては、ほとんどが欠測値になるか、憶測のデータが入るだけなので、正しい結果が得られない場合が多いでしょう。

(ケース3)定数効用を非負にする場合
 (3)式を使うつもりなら、そもそも調査データを比率尺度でとる必要があります。そのためには各ブランドを比率で判断させるマグニチュード推定や、100点をブランド間で配分する恒常和法を使って調査しなければなりません。調査票の作成段階から準備が必要です。またパラメータ推定にも特別な配慮が必要になります。

質的選択モデルを用いたブランド選択の予測/統制の手法の概要はこちら(リンク)を参照下さい。


 

次回、「マーケティングの処方箋 第6回」は3~5回までの経済学と心理学のリサーチへの貢献シリーズに代わり、新しいシリーズでの連載を予定しています。

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市場調査クリニック インタビュー
「マーケティングの処方箋」 過去のインタビュー一覧 

第1回 「マーケティングの処方箋」
http://www.research-clinic.com/interview0001/

第2回 「モデルはなぜ必要か?」
http://www.research-clinic.com/interview0002f/

第3回 「経済学と心理学のリサーチへの貢献」
http://www.research-clinic.com/interview0003/

第4回 「プロスペクト理論と価格戦略 
http://www.research-clinic.com/interview0005/

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朝野 煕彦 (あさの ひろひこ)

1969年、千葉大学文理学部卒業後、マーケティング・リサーチの企業に就職し、コンサルティング業務を行う。1980年、埼玉大学大学院修了。その後、筑波大学特別研究員、専修大学教授を経て、東京都立大学、首都大学東京教授を歴任する。現在、多摩大学大学院客員教授。日本マーケティング・サイエンス学会論文誌編集委員。日本行動計量学会理事。著書は「最新マーケティング・サイエンスの基礎」(講談社)など多数。


 





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