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マーケティングの処方箋 第6回 社会とマーケティングモデル -朝野熙彦


社会とマーケティングモデル ~ハフモデルの迷走~  -朝野熙彦

  今回はマーケティングモデルの実社会への導入についての話です。そもそもモデルなんて実社会に関係ないのでは?と疑う人がいるかもしれません。

 ところが実際には、事業の死活を制するほどビジネスに深くかかわったモデルがあります。それがアメリカのハフ(David Huff)が提唱したハフモデルです。とかく数式で記述されたモデルは科学的で厳密だと信じられがちですが、それは誤解です。ハフモデルは政治の圧力や経済問題と無縁ではなかったことをお話ししたいと思います。

 ※ハフモデルとは、「消費者が選択可能な複数の店舗の中から、ある店舗に買い物に出向く確率」を算出し、集客力を予測するためのモデルです。詳細は下記「日本版ハフモデル」のパラグラフを御覧ください。

集客力を予測し、立地選定を行う


 

大店法 

 「大規模小売店舗における小売業の事業活動の調整に関する法律」という長い名前の法律が1973年に制定されました。略して大店法と呼ばれる法律です。

大店法の趣旨はその1条によれば「消費者の利益の保護に配慮しつつ、大規模小売店舗にける小売業の事業活動を調整することにより、その周辺の中小小売業の事業活動の機会を適正に確保し、小売業の正常な発展を図り、もって国民経済の健全な進展に資することを目的とする」ことにありました。

 要するに大型店の新設がその周辺の中小小売業の事業活動に影響を与えることがないように調整する、というのが大店法の趣旨でした。では「調整」とは何なのかというと、店舗面積の縮小や開店日の延期を勧告・命令することを指していました。商業活動調整協議会(商調協)が地元の商工会議所や消費者の意見を聴取しつつ出店の影響を調査して調整するというルールです。

 大店法はズバリ言えば既得権を守るための保護規制であり非関税障壁であると米国から批判され、改訂を重ねながら2000年6月についに廃止されました。それでも20年以上にわたって流通業の近代化を阻み、海外からの大型商業施設の日本進出に対する防波堤になってきた法律です。

 法律ができるとその施行細則にあたるルールが作られます。大店法については大規模小売店舗審議会が決定した「大規模小売店舗における小売業の事業活動の調整のための審査方法について」というガイドがそれにあたります。ここでは「審査方法」と略します。そこで出店影響度を評価するのにハフモデルを採用したことから、ハフモデルが公的な権威をもって日本の産業界に定着してしまったという次第です。


 

日本版ハフモデル

 ハフは1964年に次のモデルを提案しました。そのアイデアは「近くにあって広い店ほどお客を引き付ける」というものでした。

:地区i に住む消費者が、商業集積jに出向する確率
:商業集積jの売場面積
:地区iから商業集積jに行くのに要する交通抵抗
:交通抵抗を加速化するパラメータ

 商業集積というのは、「消費者の経済活動に密接した事業者である相当数の小売業者、サービス業者等が営業活動を行っている場所」を意味する用語です。「審査方法」では飲食店、自動車小売業および燃料小売業を省いた小売業が、一定の区域に20店舗以上集まっている店舗集団と定義しています。ハフは単純にショッピングセンターであるとしていました。

  

左図:ハフモデル概念図
右図:店舗出店時の吸引確率を表現したメッシュ地図
   (ハフモデルの一般的なアウトプットとして利用されています)
 


【交通抵抗とは何か】

 交通抵抗としては物理的な距離とか、商業集積に行くための時間や交通費が考えられます。時間距離とか経済距離などと言います。ふつうは道路に沿って何キロメートルかというアクセスの距離を用います。問題になるのはT>1として距離の影響を加速化するべき乗のパラメータλです。ショッピング行動の実証研究を通じてλの値は、
 1.買い物の品目によって異なる
 2.都市部と農村部という地域差によって異なる
 3.大型店と独立小売店の集積という店舗形態によって異なる
ということが発見されてきました。

 ハフ自身も衣料品ならλは平均して3.065、家具なら2.656という測定値を出しています。日本でも地域別・品目別にきちんとした基礎研究が行われていました。ところが「審査方法」ではλ=2と天下りに規定してしまったのです。(2)が通産モデルとも呼ばれる日本版ハフモデルです。


 

科学的でも厳密でもない

 審査方法でパラメータが固定されたのは、パラメータをどう決めるかでもめたくなかった、という商調協の都合のためだとしか推察できません。λを変えれば集客数の予測値が変わります。地元商店街としては、新規出店の集客力が大きすぎる、という結論を出したいはずです。一方事業体としては出店や増床を認めてもらいたいので思惑はその反対になります。

 λが未知のパラメータなのか既知の定数なのかという細かな違いを論じているだけと思われるかもしれませんが、問題は重大なのです。(1)式のモデルは、出向確率はSとTの2要因で決まり、しかもこの2つは計測が済めばデータとして確定します。ですから現実の消費者行動にモデルを適合させて予測精度を向上させる唯一の手だてがλだったわけです。

 消費者が特定の店を選ぶ理由は何でしょうか。店員の応対が良い店、値段が安い店、トイレがきれいな店、キッズルームのある店、駐車がしやすい店、営業時間が長い店、有名店が入った店・・・などいろいろですね。ハフモデルはSとTの2要因だけで出向確率を予測するモデルですから、厳密な予測など初めから不可能でした。その上、消費者行動の裏付けもなくパラメータλを所与としたことで科学的でさえなくなったのです。


 

社会からの圧力と正当化

 ハフモデルはユーザーの都合で定義が変えられ、また日米構造協議やWTOの外圧で適用条件が変えられてきたという、社会に翻弄され続けた珍しいモデルです。

 また日本版の(2)式は、厳密にはハフが提唱した(1)式とは似て非なるものであることにも留意する必要があります。アメリカの有名な学者が決めたことだからという権威で正当化しつつ、中身は都合よく直してしまうという導入の仕方は、ハフモデルに限らず一般のビジネス実務においても起きないとは言えません。

マーケティングモデルは社会へのインパクトが大きいだけに、その意味を正確に理解して使うことが大切です。

 

 競合を考慮した集客力の予測にはハフモデルを利用することができますが、ハフモデルはS(売場面積)とT(交通抵抗)の2要因のみを利用したモデルであるため、集客予測には不十分です。そのため、集客予測までを行うためには、ハフモデルを拡張したMCIモデルを使う必要があります。
MCIモデルを用いた集客予測/立地選定の手法はこちら(リンク)を参照下さい。


 

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朝野 煕彦 (あさの ひろひこ)

1969年、千葉大学文理学部卒業後、マーケティング・リサーチの企業に就職し、コンサルティング業務を行う。1980年、埼玉大学大学院修了。その後、筑波大学特別研究員、専修大学教授を経て、東京都立大学、首都大学東京教授を歴任する。現在、多摩大学大学院客員教授。日本マーケティング・サイエンス学会論文誌編集委員。日本行動計量学会理事。著書は「最新マーケティング・サイエンスの基礎」(講談社)など多数。


 





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