『10冊の本』 -朝野熙彦
この数か月マーケティング・モデルの誤りと誤解について批判を続けてきましたので、今回は気分をかえて読書の話をします。
昨年の数理システムのユーザーコンファレンスで「マーケティング実務家にとってのデータ解析―悩めるユーザーに救いはあるか-」という演題でお話ししました(2011年11月18日)。その時の私の結語として、よいデータ・アナリストになるためには(1)よい本、(2)よい仲間、(3)よい仕事、の3条件が必要だと提言しました。どの条件も人によって受け止め方は様々だろうと思います。(1)についても、それならどんな本がよいのか?そしてその本をどういう気構えで読めばよいのか疑問がわくでしょう。そういうわけで、今月は私のおすすめ本と読書のスタイルを紹介しましょう。
【A】自分の関心テーマに応じて一読したい本
マーケティング・サイエンスとデータ解析を自学自習するのに役立つ書籍をテーマ別に1冊ずつ推薦します。
【マーケティング全般】
(1)池尾恭一・青木幸弘・南知恵子・井上哲浩(2010)「マーケティング」有斐閣
日本の研究者によってまとめられた本格的なテキストです。戦後長く続いた欧文テキストの翻訳時代をやっと卒業して純国産の立派なテキストが誕生したことを喜びたいと思います。「もはや戦後ではない」と言ってみたいものです。
【消費者行動論】
(2)田中洋(2008)「消費者行動論体系」中央経済社
消費者の認知と行動にテーマを絞った専門書です。消費者行動論はマーケティングの基礎をなす研究領域の一つです。長い研究史をもち広範にわたる問題を体系的にレビューしてまとめています。
【マーケティング・リサーチ】
(3)朝野熙彦編(2011)「アンケート調査入門」東京図書
WEBによれば、まさに実務家向けの入門書であるという書評が出ていました。私としては「第3章 標本調査の前提と限界」に新しさがあるのではないかと思っています。標本調査の万能論を疑っていた人は、これまでにもいたと思いますが公言するのははばかられたのでしょう。
【統計学の歴史】
(4)デイヴィッド・サルツブルグ、 竹内惠行・熊谷悦生訳(2006)「統計学を拓いた異才たち」日本経済新聞社
どのような理論もそれが生まれた社会的背景があり、動機があり限界があります。この本は統計学の学説をめぐって生じた研究者同士のバトルを描いた伝記です。数式は一切でてきませんので気軽に楽しめます。歴史なんて仕事の役に立つのか、と疑う方がいるかもしれません。しかし自分自身がマーケティングの新企画をしようとするときに心の支えになるのではないでしょうか。
【統計分析】
(5)蓑谷千凰彦 (2009)「これからはじめる統計学」東京図書
統計学の初心者は基礎からきちんと統計学を勉強するのが急がば回れです。早く読めそうだからという理由でお手軽なマニュアル本を選ぶことはお勧めできません。マニュアルを読んでも統計学は理解できませんから、結局は時間の無駄です。ここで推薦した本は統計学の本質を説いた感覚の新しい入門書です。統計学の歴史にも触れており統計学の諸概念が生まれた動機が理解できます。
【共分散構造分析】
(6)朝野熙彦他(2005)「入門共分散構造分析の実際」講談社
SEM(共分散構造分析)のアイデアと使い方、トラブルシューティングを解説しています。実務家向けのとても易しいレベルのテキストだと著者としては考えています。
【B】ハンドブックとして身近においておきたい本
1ページから順に通読する必要はなく、手元において必要が出た都度利用すればよいという、ハンドブック的な性格の本もあります。網羅性があって信頼度の高い本が身近にあると心強いものです。
(7)岡太彬訓・木島正明・守口剛編(2001)「マーケティングの数理モデル」朝倉書店
(8)蓑谷千凰彦(2010)「統計分布ハンドブック 増補版」朝倉書店
(7)は新しいモデルまでカバーしていますので単に積んでおくだけでなく、時間をみて1章ずつ読んでいくとよいでしょう。
(8)はたくさんの確率分布をカバーしているので安心感があります。いささか大型本すぎるという方は、そのコンパクト版にあたる蓑谷千凰彦(1998)「すぐに役立つ統計分布」東京図書が良いかもしれません。
【C】スローでいいからじっくり読みたい本
大量の本をハイスピードで読了して早わかりする技術があると聞きますが、その正反対の読書スタイルに向いた本もあります。
【多変量解析】
(9)竹内啓・柳井晴夫(1972)「多変量解析の基礎」東洋経済新報社
線形空間への射影というすっきりした概念で多変量解析を解き明かした本です。この分野における至宝といえる名著です。この本に出会ったことがきっかけになって、私は多変量解析に関心を持ち、マーケティング・サイエンスの研究に応用を始めました。私はこの本を読み終わるのに1年かかりましたが、時間を損したなどとは思ったこともありません。本当にお世話になった心から感謝したい1冊です。著者の柳井先生も大学入試センターを退官された時のパーティーで、多変量解析の本を何冊も執筆してきたが、中でも一番気に入っているのがこの本であると話をされていました。
【線形数学】
(10)柳井晴夫・竹内啓(1983)「射影行列・一般逆行列・特異値分解」東京大学出版会
その後私は大学院でマーケティングのゼミを担当することになったので、授業に(9)を使おうと思いました。しかし残念ながら絶版になっていたので、代わりに教科書に選んだのが(10)です。非線形のモデルがもてはやされる時代でしたが、線形を知らずして非線形を学ぶのは良くないと思い、学生にはまず線形数学を勉強してもらうことにしたのです。学生はこの本の数行を理解するのに何時間もかかり、1ページ進むのに1週間悩み続ける、というような難行苦行もあり修士の2年をかけてやっと読み終わるという超スローリーディングでした。朝野ゼミの諸君ご苦労さまでした。この本のおかげで学生の力がぐんと伸びたことは間違いありません。ところが最近この本も絶版になってしまいました。古書で大変なプレミアム価格がついているお宝本になっています。図書館で借りる手間を惜しむことのない価値ある1冊です。
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朝野 煕彦 (あさの ひろひこ)
1969年、千葉大学文理学部卒業後、マーケティング・リサーチの企業に就職し、コンサルティング業務を行う。1980年、埼玉大学大学院修了。その後、筑波大学特別研究員、専修大学教授を経て、東京都立大学、首都大学東京教授を歴任する。現在、多摩大学大学院客員教授。日本マーケティング・サイエンス学会論文誌編集委員。日本行動計量学会理事。著書は「最新マーケティング・サイエンスの基礎」(講談社)など多数。