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マーケティングの処方箋 第11回 リサーチ技法にも棚卸が必要 -朝野熙彦

リサーチ技法にも棚卸が必要』 -朝野熙彦

 マーケティング・リサーチが専門的な仕事として成立して半世紀以上が経ちました。これまでに様々なリサーチの理論や技法が提案されてきましたが、その中にはすでに廃れたり、なんとなく忘れ去られてしまったものも少なくありません。常に旬なキーワードに飛びついて明日を夢見ているだけではなく、たまには過去の在庫を棚卸しするのも大事ではないでしょうか?大掃除をすれば意外なお宝が発掘できるかもしれません。


 

■JMRA  Annual Conference 2012

 日本マーケティング・リサーチ協会(JMRA)の年次カンファレンスが2012年11月29日にハイアットリージェンシー東京で開かれました。過去最大規模の参加者を得て盛況のうちに終了したばかりです。当日のプログラムの中に「リサーチの未来を語る-温故知新-」というパネル・ディスカッションがあり、そのコーディネーター役を私が務めました。私は次の2つの狙いをもってこのパネルを企画しました。

 1.今年の同カンファレンスの統一テーマはRe:search-Japan でした。リサーチは問題対象を繰り返して探求する行為にその本質があります。過去と方法を変えずに繰り返して調査することにも意義があります。しかしそれだけではなく、一つの問題を別の視点で探求することも大事でしょう。行動観察や経験デザインのリサーチ、そして行動履歴データを活用した顧客理解の事例をパネリストから紹介いただき、リサーチャーに刺激を頂えて戴きたいと思いました。

 2.一方で、歴史をさかのぼって、何が新しい方法であり何が単なる言葉の呼び換えに過ぎないのかを展望することも、リサーチの未来を語る上で必要だと思います。そこでパネルディスカッションのサブタイトルに温故知新という言葉を付け加えたのです。ここでは、リサーチの温故知新についてその趣旨を話したいと思います。


 

■温故知新

 温故知新は論語を典拠とする故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る、という意味の熟語です。
 
 その例をあげれば、近年マーケティング界で盛んに強調されているインサイトは、全く同じ趣旨の主張を1950年代にパッカードとディヒターがしています。動機調査(motivation research)で日本で有名になったディヒターは実務志向の人で、動機調査に基づいて自分で広告コピーも作っています。しかしさらに動機調査の源流を遡れば、フロイトにたどり着きます。フロイトはウィーンの精神科医で19世紀末に精神分析学を創始した人でした。

 また、スパムメールのフィルタリングやGoogleの検索エンジンで近年注目を集めているベイズ統計も18世紀に始まります。イギリスの牧師トーマス・ベイズが提唱したベイズの定理がその起源です。今日、古典的統計学といわれているフィッシャー、ネイマン、ピアソンの推測統計学は20世紀初頭に成立しましたので、ベイズ統計は古典統計学よりも歴史が古いのです。

 では最近話題のビジネスエスノグラフィーの起源はなにかといえば、これも19世紀の社会学者、ゲオルク・ジンメル(ドイツ)とロバート・パーク(アメリカ)の民族誌学、生態学に始まるものです。日本においても古くから次のような先駆的研究が行われてきました。

今和次郎『銀座街風俗』:1925年に最初の考現学調査
疋田正博『生活財生態学』調査(1976年~):家庭にあるモノを徹底的に観察調査することで生活のリアリティとその問題点を指摘
博報堂生活総合研究所『タウンウォッチング』(1985年)

図1.ビジネスエスノグラフィーの位置づけ

 観察をともなう研究法の中でビジネスエスノグラフィーを位置づけたのが上図の点線領域です。つまりビジネスエスノグラフィーは新しい方法論なのではなくて、すでに行われてきた研究法をビジネス目的に適用したものに過ぎないことが分かります。
以上3つのケースを整理すると次のようになるでしょう。

インサイト…………古いリサーチ技法である動機調査の呼び換え
ベイズ統計…………古い概念であるが長年眠っていたお宝
ビジネスエスノグラフィー………古い概念のまま利用目的をビジネスに限定したもの


 

■リサーチ技法棚卸しの意義

 棚卸の大切さは重々分かっていても、わざわざ歴史をたどるほどの暇はないという方も多いでしょう。そこでまずは「隗より始めよ」で、自分自身で棚卸を試みたのが、2012年11月30日に発行された次の書籍です。

 
 この本のまえがきに私は次のように書きました。温故知新がカンファレンスに間に合わせて突然思いついた言葉ではないことがこれでご理解いただけると思います。

 近年産業界で関心を集めているインサイト、ビジネス・エスノグラフィー、ビッグデータそしてベイズ統計などもマーケティング・リサーチとかかわりがあります。そうした新しい概念や理論にも目配りしつつ、長年培ってきたマーケティング・リサーチの技法を今日的な視点で見直す、いわば棚卸のようなテキストが必要ではないかと考えて本書を上梓することにしました。
 リサーチとは枯れた技術の寄せ集めではありません。古典的な方法でも再吟味を通じて現代に役立つ新しいリサーチ技法に生まれ変わるかもしれません。たとえば今日脚光を浴びているベイズ統計にしてもはじまりは18世紀でした。まさに温故知新といえましょう。

 


 

■今月の強調点

 ざっと想い出すだけでも、少衆論・分衆論、エリアマーケティング、感性消費、マクルーハン、CI、MDSS・・・など様々な理論や概念がマーケティングの世界で流行り廃りのように浮かんでは消えて行きました。調査でも近年ではGSR(galvanic skin response)による生理計測やモチベーション・リサーチに取り組んでいるという調査会社を聞きません。1960年ごろに一世を風靡したSD法も最近は人気がありません。使わなくなった理由についてきちんと総括はされたのでしょうか。

 トレンディーなキーワードに飛びついて昔の提案は忘れてしまうというので良いのでしょうか。過去の反省がなければ進歩もありません。リサーチ技法に棚卸が必要だという所以です。


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「マーケティングの処方箋」 過去のインタビューまとめ

朝野先生 インタビュー一覧


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朝野 煕彦 (あさの ひろひこ)

1969年、千葉大学文理学部卒業後、マーケティング・リサーチの企業に就職し、コンサルティング業務を行う。1980年、埼玉大学大学院修了。その後、筑波大学特別研究員、専修大学教授を経て、東京都立大学、首都大学東京教授を歴任する。現在、多摩大学大学院客員教授。日本マーケティング・サイエンス学会論文誌編集委員。日本行動計量学会理事。著書は「最新マーケティング・サイエンスの基礎」(講談社)など多数。


 

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