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マーケティングの処方箋 第14回 空間的なイメージと市場理解 -朝野熙彦

空間的なイメージと市場理解』 -朝野熙彦

 世の中には代数アタマと幾何アタマという2つのタイプがあって、前者は論理的で左脳の働きが強く後者は創造的で右脳の働きが強いなどといわれています。

 たいていの統計学の本はいかにも代数アタマに向いた数式が延々と続いて最後に計算例を示して終わるのが相場です。それと比べると朝野先生の本は空間的なイメージに訴えた説明が多いですね。空間座標や座標の変換のような幾何学が市場理解とどのように関係するのでしょうか?ただの比喩として言っているのか、それとも、何らかの具体的な関係があるのかについて話をうかがいたいと思います。 (コレクシア 村山)


 

■とても素朴な空間理解

 空間とは観察者の視点、つまり座標系と表裏一体のものである、というのが物理学の教えです。特殊相対性理論では物体を時空間内の点として表すので、4次元空間内で距離が定義されるのだそうです。右脳も左脳もどちらも弱い私には理解できませんが。

 さてもっと素朴には、私達が住んでいる空間は、縦(D)×横(W)×高(H)さの3次元空間であると認識して、その中の2点の距離が3次のベクトルx,yを用いて、||x-y|| というユークリッド距離で表される空間だと考えるのが納得しやすいでしょう。なおD,W,Hというのは電気製品のサイズを表すに使われている業界語で、順にdepth, width, heightの略です。私たちの身の回りのモノについてなら実際に物差しや巻尺を使うことで、離れ具合を数値で計測することができました。遠くに離れた2点の場合は手が届かないのですが概念的には同様に測れそうな気がします。たんに巨大なモンスターと長い物差しを想像すればよいのです。現実の測量は三角関数を使うのですが。

図1スカイツリーとものさし

 


 

■多次元への拡張

 さて、いま3次元とか4次元という話をしましたが、マーケティングの分野では、空間の次元をさらに高次に拡張することには、何の造作もありません。たとえばマーケティング・リサーチを考えてみましょう。1万人の消費者を対象に100項目の質問をしたとすれば、各消費者は100次元空間内の1万個の点として表されることになります。よくいう「複眼思考」が2つの座標にもとづく思考だとするなら、100項目の質問からなる調査は100眼思考をしていることになるのです。

 空間が高次になると、今度は情報のユーザーであるマーケターの方がデータ構造を把握しきれなくなります。1問1問をバラバラに眺めるだけならともかく、他の質問での回答と目の前の質問への回答の組み合わせにどういう情報があるのかが気になるとしたら、なるほど私たちは多次元のデータを相手にしているのだと気づくはずです。

 図2 5次元空間とみなせる調査データの例


 

■座標の変換

 調査で質問を増やしたいのはマーケター本人ですから、自縄自縛に陥っている気がしますが、結局は多次元データの情報圧縮が必要になるわけです。直交空間での合同変換(Congruence Transformation) を行うのが、私たちがよく利用している因子分析のバリマックス回転です。地球はグルグル回わろうが国と国との相対的な位置関係は変化しませんし、国の間のユークリッド距離も不変です。アメリカを原点に置いて世界を眺めるのか、その他の国を中心に世界を眺めるのかという違いです。空間内のどれか一つの原点が正しいというわけではなく、原点の置き方は無数にあるのです。図2をご覧ください。

 もっと一般的な座標の変換がアフィン変換(Affine Transformation)です。これは座標の原点の移動と座標の伸縮を含んだ変換になります。

図3 地球儀回転の図


 

■市場の理解

 よく文化評論家とかテレビのコメンテーターが力説する「逆転の発想」とは、座標の正負反転に他ならないことがしばしばです。「新視点」とは新しく座標を追加すること、そして「陳腐化」とは既存の座標軸がシュリンクした場合に相当することが多いようです。市場理解のそれぞれの例をあげますと、

1.逆転の発想………………財の所有から使用へ、物的豊かさから心の豊かさへ
2.新視点 …………………再生可能エネルギー、新入社員は出世を望むのか?
3.陳腐化 …………………国内の競争、品質による差別化

 このように、「転換」とか◯◯の時代といった時代評論は、結局は多次元的な市場のどの次元を強調しているのか、という座標変換に帰着するのではないでしょうか。そういう理解からすれば、マーケティングで扱っている市場は同一だとしても、視点によってものの見方も変わってくるのは当然だと思います。「当然」というのはやむを得ないというようなネガティブな意味ではなく、分析者によって異なるマーケティングの処方箋が導ける、という意味です。セカンドオピニオンといってもよいでしょう。座標軸の回転は自由でしょうし、座標の伸縮も任意なのかもしれません。大事なことは座標変換によってどのようなマーケティング上重要な示唆が導けるかです。

 もちろん自然科学は、自由に座標変換するだけで終わるのではなく、実験や観測のような手段で法則を実証しようとするからサイエンスたり得るのです。マーケティングにおける座標変換も、正確な調査と質の高いデータ、そして透明な分析モデルにもとづいて自らの座標変換の正当性を実証すべきであることはいうまでもありません。


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「マーケティングの処方箋」 過去のインタビューまとめ

朝野先生 インタビュー一覧

 


 


 

朝野 煕彦 (あさの ひろひこ)

1969年、千葉大学文理学部卒業後、マーケティング・リサーチの企業に就職し、コンサルティング業務を行う。1980年、埼玉大学大学院修了。その後、筑波大学特別研究員、専修大学教授を経て、東京都立大学、首都大学東京教授を歴任する。現在、中央大学および多摩大学大学院客員教授。日本マーケティング・サイエンス学会論文誌編集委員。日本行動計量学会理事。著書は「マーケティング・リサーチープロになるための7つのヒント」(講談社)など多数。


 

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