『ビッグデータの使い方・活かし方』 -朝野熙彦
最近ビジネス界で脚光を浴びて期待が高まっているのがビッグデータです。朝野先生は新年早々にビッグデータについての新しい本を上梓されました。先生は流行しているキーワードには常々批判的な立場をとっておられますが、今回の書籍の主張は何なのでしょうか。刊行の意図を伺いたいと思います。(コレクシア 村山)
■ただのバズワードで終わらせないために
私は流行をすべて否定しているわけではなく、いわゆるバズワード(buzzword)に対して懐疑的なだけです。バズワードというのは一見、説得力があるように見えるものの、具体性がなく、明確な合意や定義のないキーワードのことをいいます。
マーケティング実務におけるバズワードの典型例が「ビッグデータ」と「インサイト」だと私は考えています。
今回はインサイトではなくてビッグデータの話をしましょう。
WebサービスやICカードは、たいてい顧客データをログとして記録する仕組みを備えています。たとえば、皆さんがWeb画面で検索語を入力したり、HPを閲覧したり、改札を通ったり、買物をしたりすると、その行動履歴がデータとして蓄積されていきます。それらのデータを集計したり、ソースが異なるデータをリンクさせることで、企業にとって有益な情報が発見できるのではないだろうか?という期待がもたれているのです。
製品開発のヒントとして、効果的な販促ツールとして、そしてまた顧客の発掘のためなど様々な使い道が期待されていて、ともかくビッグデータへの関心が高まっています。そこに昨年ふってわいたような統計学ブームがタイミングよく連動して、巨大なデータと最強の学問という最強コンビが現に存在しているのだから後はなんとかなるのではないかという期待が生まれているのでしょう。
私はビッグデータの分析に対してそう楽観的にはとらえていませんが、昨今の社会の風潮に対して次の3点を訴えたいと思い立ちました。
1)まずは曖昧なビッグデータを自分なりに定義してみたい。そのことにより、同じく巨大であるPOSデータと今日でいうビッグデータの本質的な違いを明らかにしたい。
2)ビッグデータへの着目がただの観念論やスローガンで終わりになってはならない。そのような扇動的な言説だけでは実社会に具体的な成果をもたらさないと思う。いま必要なのはビッグデータそのものではなく、それを解析する方法論である。
3)すでに時代は個別的な具体論に進むべき段階に入っている。つまりビッグデータの使い方・活かし方を具体的に提示する必要がある。
そういうわけでビッグデータをただのバズワードで終わらせないために、ビッグデータを活用してマーケティングに役立つ情報を抽出するための方法論を世に紹介する必要があると考えたのです。
■機会便乗の歴史を繰り返さないために
上記の主旨2)については補足的な説明が必要だと思います。ビッグデータをめぐるマスコミの論調を見ると、巨大なデータがあれば何とかなるさ、データを溜めておけば何とかなるさという「いつか来た道」をたどるのではないかと私は危惧しているのです。
1970年代には経営情報システム (MIS ; Management Information Systems)、1980年代にはマーケティング意思決定支援システム (MDSS;Marketing Decision Support System)、1990年ごろには戦略的情報システム(SIS;Strategic Information System)が喧伝されました。ともかくデータをためなければということで、大型のメインフレーム・コンピュータを企業が導入して大量の磁気テープにデータを記録して終わってしまった気がします。
何テラバイトだというビッグデータの量的側面だけに着目すると、単に情報処理のスピードをあげ、サーバーのストレージを拡張すれば問題が解決するかのように誤解しがちです。CPUやメモリの技術革新で解決するという認識は、スパコンを使えば何でも解決するというのと同じ誤解をしているのだと思います。この機会に便乗して最新の情報システムを導入すればそれで問題は片付くのでしょうか。
また、HTMLのプロトコルの知識やJava言語はいわばビッグデータを発生させるためのインフラ技術であって、それらを習得したからといってマーケティングに有用な知識が発見できることとは関係ありません。
マーケティングの問題を解決するために市場反応をどうモデリングすればよいのか、そして具体的なアルゴリズムをどう開発すればよいかという地道な基礎研究がなされなければ、問題は何も解決しません。
ビジネスの問題解決が目的ですから、理論の体系化と斉合性を追求するのが好きな理論家好みの領域ではありません。
具体的なマーケティング課題に応じて、それぞれに適した情報抽出と情報解析の方法を開発する必要があります。方法全体を通じた一般化が足りないとか、最適解の保証がないなどという批判にはさほど意味がないと思います。もちろん将来の問題として理論の一般化や最適化を目指すのは結構ですが、唯一の正解が分かるまでは何もしないことにするというのでは、ビジネスは前に進まないでしょう。
■個別的・具体的な処方箋
というわけでマーケティングの個別分野の課題に応じたそれぞれの処方箋を紹介しようというのが今回の本の意図です。私自身はマーケティングの実務に何も通暁しておりませんので、実務の世界で活躍されているトップランナーの諸氏にそれぞれの専門分野での取り組みを紹介してもらうことにしました。そして自分自身はビッグデータの定義を提案するという部分を担当いたしました。書籍のタイトルおよび目次は次の通りです。
朝野熙彦編著『ビッグデータの使い方・活かし方』東京図書 2014年1月25日発行
※2014年1月10日現在、Amazonで購入できます。
【目 次】
第1章 ビッグデータ時代のレコメンデーション
第2章 コミュニティ・リサーチによるビジネス共創
第3章 リサーチという経験のデザイン
第4章 タブレット端末を用いた新たなシングルソースデータの構築
第5章 消費者発生型自由回答(口コミ)の解析
第6章 地域振興戦略のための旅行者ビッグデータの活用
第7章 ビジネス・エスノグラフィーによるインサイト
第8章 オンラインデータと調査データの融合
第9章 店頭プロモーションのマイクロ・マーケティング
第10章 マルチ・エージェント・ベースのシミュレーション
GPSを使った人の移動履歴の解析とか、ツイッターの分析とか、レコメンデーションなど、問題領域ごとにそれぞれ着実に研究が進められていることがわかると思います。
■私の主張
ビッグデータについて私が今主張したいことは次の3点に要約できます。
①ビッグデータを理解するよりも消費者行動を理解することが大事だ
②コンピュータのハードウェアよりも適切なソフトウェアがないことが問題だ
③コンテンツ作成ツールよりも作成されたコンテンツを理解するツールが必要だ
画像A 画像B
③の意味を説明しましょう。上の画像のどちらかがフェイスブックの書き込みに添付されていたとします。もし何であれJPEGファイルが添付されているかどうかだけを記述するなら
というダミー変数を一つ作って自動コーディングするプログラムさえ用意すれば、データの記録は出来ます。しかし載っている写真が何だったのかということを問題にしだすと、画像の意味解析が必要になってくるのです。人間が見れば一目で違いが分かるような画像A,Bでも、それをコンピュータに理解させ、元の意味を失わないように統計解析が可能な形式のデータに変換するというのは、単に集まってしまったビッグデータをそのままストックしておくのとはまったく次元の異なる高度な技術が必要になってくるのです。
テキストデータでさえ文章の解釈は難しい課題です。同じように動画や音楽をどう多変量データに置き換えていけば元の意味を失わないか、というのも難しい課題なのです。ビッグデータは技術課題の宝庫でありニューフロンティアだといえると思います。
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朝野 煕彦 (あさの ひろひこ)
1969年、千葉大学文理学部卒業後、マーケティング・リサーチの企業に就職し、コンサルティング業務を行う。1980年、埼玉大学大学院修了。その後、筑波大学特別研究員、専修大学教授を経て、東京都立大学、首都大学東京教授を歴任する。現在、中央大学および多摩大学大学院客員教授。日本マーケティング・サイエンス学会論文誌編集委員。日本行動計量学会理事。著書は「マーケティング・リサーチープロになるための7つのヒント」(講談社)など多数。