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マーケティングの処方箋 第18回 消費者金融の処方箋 -朝野熙彦

消費者金融の処方箋』 -朝野熙彦

 朝野先生はこれまで様々な企業のマーケティング課題に対して処方箋を書いてこられたと思います。では、その処方箋はどうやって生まれたのでしょうか?マーケティングは非定型で1回性の強い課題領域ですから、臨床のように実験に裏打ちされた処方箋を出すことは難しいのではないでしょうか。何か具体的な事例をあげてその時、処方箋がどうやって生まれたのかというヒストリーを伺いたいと思います。(コレクシア 村山)


 

消費者金融業のご相談を受ける

 それでは昔、ある消費者金融の企業からご相談を受けた時の話をしましょう。時代背景は消費者金融業がようやく産業として社会的に認知され、成長期を迎えた1980年ごろのことです。古くは団地金融と呼ばれ、その当時はサラ金という通称で呼ばれていました。より正確に業態を言えば消費者小口金融業ということになります。

 ご依頼企業の悩みは、会社が大会社に急成長して全国に多店舗を展開するようになった結果、ベテランのローンオフィサーが払底してしまった。そこで、経験があまりない社員でも確実に与信判定ができるような与信システムを開発したい、ということでした。この与信システムというのは、個々の申し込みに対して融資するかどうかを判定するために、顧客の信用度(credibility)を測定する方法をさします。

 過去の融資についての返済データならいっぱいあるので、統計的に与信スコアを決めたいのだがどうしたらよいだろうか?というご相談でした。競合他社がどのように与信しているのかについては、当然ながら企業秘密ですから、使っている測定変数も分かりませんし、スコアの数値も秘密です。

 では、銀行の融資審査はどうだったのかというと、当時の銀行は個人向けの融資にはあまり熱心に取り組んでおらず、法人向け融資が中心でした。そして銀行では融資の完全回収が原則なので、融資契約にあたっては土地や建物、機械設備などを担保にとります。ですから担保評価さえ間違えなければ、仮に返済がなかったとしても銀行は困ることはないのです。

 それに対して消費者金融は無担保融資ですので、融資先に返済いただかなければ貸し倒れの損失が生じます。つまり、消費者金融業は決定論的なビジネスではなくて、ある程度の確率で債務不履行が発生することを想定した確率論的なビジネスなのです。それだけに、精度の高い与信スコアリングを開発することが重要になるのです。

消費者金融には精度の高い与信スコアリングの開発が重要である


 

悩んだ日々

 今日のように業種別に統計学の本が出版されるという幸せな時代ではなかったので、与信スコアリングのための統計分析はどうすればよいと書いた本など見つかりませんでした。もちろんそんな本があるくらいなら私に相談に来る必要などありませんが。アメリカのConsumer Small Loanの書籍も調べましたが、申し込み者の年齢や職業を常識にそって評定した、単なるルール・オブ・サムとしか思えないスコアが書かれているだけでした。

 いくらか統計分析をしている場合でも消費者の属性を説明変数、返済行動を基準変数にして回帰分析をしているだけでした。説明変数は「職業」というようなカテゴリーが含まれますから、ダミー変数の回帰分析をするなり、日本でいうところの林の数量化理論Ⅰ類を利用することになります。

 しかしながら、個々の融資の結末を考えると「債務不履行」か「完済」かという離散的な結末になります。つまりYesかNoかという1-0データを予測するのですから、連続量の予測値を出す回帰分析を使うのは明らかに間違いです。1を超えた予測値やマイナスの予測値が出たら、それをどう与信に使えばよいのでしょうか?

 説明変数のパターンが同じ口座を集めれば集計データになるので、債務不履行率を計算することもできます。その場合は0%~100%という範囲で予測値を出す必要があります。ここでも100%を超えた予測値やマイナスの%が出てはいけません。


 

ある日突然

 困ったもんだと思いながらも、走り回れば解決する問題でもないので、ただぼんやりと日々を過ごしていました。
 そんなある日、何となく最新医学という雑誌を眺めていたら、虚血性心疾患(IHD)の予測に多重ロジスティック関数を利用した研究報告が載っていました。虚血性心疾患というのは不整脈や心筋梗塞を起こす病気で、高血圧、高コレステロール血症がリスクファクターになります。そこでこの研究を消費者金融の問題に読み替えればいいじゃないかと思いついたのです。

    虚血性心疾患の発症⇒債務不履行の発生
    生理的なリスクファクター⇒申込者の社会経済的な変数
    リスク度の確率モデル⇒リスク度の確率モデル

 ということで、適用分野こそ違うものの問題の構造は同型です。そこで1万件の融資データを多重ロジスティック関数で分析して債務不履行の予測モデルを作りました。リスク度 を求めるパラメータ がまさに依頼課題であったスコアリングそのものになります。融資判定点は判定の誤りによって生じる損失関数を定義してシミュレーションによって定めました。
 その後、スコアリングのテスト使用を経て、新しいスコアリングを与信業務に導入しました。各金融機関は手の内を明かしませんから確かなことは言えませんが、貸金業に多重ロジスティック関数を用いた初めての応用例だったのではないかと思います。

 与信判定点を戦略的に変更することによって、積極的な融資策をとった場合と、防衛的な融資策をとった場合の影響度が評価できます。つまり、判定点をシフトさせるというシナリオの下での不良債権の発生率が予測できるのです。ダイナミックに変動する競合市場の中で戦略的な与信判定ができるシステムになりました。

多重ロジスティック関数 多重ロジスティック関数

リスク度β’Xと債務不履行発生確率Pの関係

図 リスク度β’Xと債務不履行発生確率Pの関係 


 

処方箋はどこから生まれたか

 この時の私の仕事は、画期的な新理論の提案ではなく、悪く言えば単なる物まね、パクリです。既に他分野で提唱されていた技法を、自分の分野に導入しただけのことですからオリジナリティなど全くありません。

 処方箋が生まれたコツをいうならば、

    ①依頼業界の専門雑誌や業界新聞を精査しても解決策が見つかるとは限らない
    ②他分野からよいヒントが得られることがある
    ③その際、直訳的な理解は通用しない。翻訳が必要である

 ということが言えるでしょう。マーケティング分野の課題がマーケティング以外の専門分野の知見で解決されることは稀ではありません。本マーケティングの処方箋でこれまで紹介してきたように、経済学や心理学はずいぶんとマーケティングの役に立っているのです。

 統計学の世界では生物統計が何と言っても先進国ですので、私たちに役立つことが多いのです。たとえば有名なAgresti, A.( 2002 ) “Categorical Data Analysis, Second Edition.” John Wiley. などもデータ解析の知恵の宝庫のような教科書です。アグレスティの本に必ずといってよいほど出てくるフロリダのワニの事例があります。
 どんな題材かというと、フロリダの湖で219匹のワニを捕まえて腹をさばいたら、胃の中からワニの赤ん坊や亀が出てきたという統計の話です。
 ここで自分はフロリダに行く用はないとか、ワニの食べ物には関心がない、といってしまったらお終いです。マーケティングに置き換えれば、ワニは何にあたるのか?ワニの食べ物は何にあたるのか?という翻訳が必要になるのです。
 演繹にも帰納にもあたらない類推をアブダクションといいますが、今回の処方箋はそうした類推の一例といえます。

 消費者金融の場合は、与信業務のためにリスク度を計算する、という翻訳はまだストレートだったと思います。
 しかし、結末が好ましい事象の場合、たとえば「消費者が自社の商品を購買してくれた」という事象に対して、リスク度とかリスク変数という用語を使い続けるのは無理があるでしょう。研究の先駆者には申し訳ないのですが、我々マーケターに通じる概念や用語に置き換える必要があります。

 生存時間解析に出てくる比例ハザードモデルは、患者がどれだけ生き延びるかを分析するモデルです。このモデルをほんの少し修正するだけでブランド選択のモデルになります。他分野の知識を移転する際には大胆かつ柔軟な「超訳」が必要になるのです。

 

(注)多重ロジスティク関数の原典は、Truett,J.,Cornfield,J. Kannel,W. (1967) A multivariate analysis of the risk of coronary heart disease in Framingham, Journal of Chronic Disease,20,511-524.です。
 また多重ロジスティック関数とロジスティック回帰分析の微妙な違いは朝野熙彦(2012)「マーケティング・リサーチ」(講談社)の6章で解説しています。


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「マーケティングの処方箋」 過去のインタビューまとめ

朝野先生 インタビュー一覧

 


 


 

朝野 煕彦 (あさの ひろひこ)

1969年、千葉大学文理学部卒業後、マーケティング・リサーチの企業に就職し、コンサルティング業務を行う。1980年、埼玉大学大学院修了。その後、筑波大学特別研究員、専修大学教授を経て、東京都立大学、首都大学東京教授を歴任する。現在、中央大学および多摩大学大学院客員教授。日本マーケティング・サイエンス学会論文誌編集委員。日本行動計量学会理事。著書は「マーケティング・リサーチープロになるための7つのヒント」(講談社)など多数。


 

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