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連載「理論と実践をつなぐ」 第1回_ 個人のターゲティング -朝野熙彦

連載「理論と実践をつなぐ」 

  第1回 個人のターゲティング アカデミック・アドバイザー 朝野熙彦


■ 理論と実務の連携について


 アカデミアから生まれた理論を実践に展開するというコレクシアの事業理念に敬意を表し、その社会的な意義を評価したい。私自身もささやかではあるが理論と実務の架け橋をしてきたので深く共感を覚える。

 とかく世間は、理論を応用するとか研究成果を社会に還元する、というフレーズに惑わされがちだが、注意が必要である。現実の社会を動かしているメカニズムは、中世の徒弟制度や近世の啓蒙主義のような知識の一方的な伝承ではない。理論と実務の関係はより融合的であり協働的な面がある。

 分かりやすい例をあげれば、20世紀の大発明であるフィッシャーらの推測統計学は、農事試験というきわめて実務的な課題に応えるために誕生した。フィッシャーは彼が農事試験場の実務家だった時代に推測統計学を開拓した。地球統計学も南アフリカの鉱山技師であるクリッジが生み出したものである。彼の技法は今日クリギングと呼ばれている。

 社会科学そして理工学の多くの分野において、解決すべき課題と制約条件をアカデミアに教えてきたのは実務家であった。そしてアカデミアの提案を採用するかどうかを審査してきたのも実務家であった。

 実務家がアカデミアを必要とするだけでなく、アカデミアも実務家を必要とする。具体的な課題解決のプロセスは一本道ではなく、実践と理論の間でキャッチボールが繰り返される。そういう相互作用のおかげで理論自身も発展していく。今回の短期連載では、ワンツーワン・マーケティングを例にして理論と実践のスパイラルな発展を紹介したいと思う。


■ 少ない手がかりで個人の行動を予測したい


 情報があまりないのにレアなターゲットにアプローチしたいという要請はしばしば発生する。通販会社や証券会社がそのようなニーズを持つのはもっともなことである。販促活動にあたっては予め有望そうな見込み客に絞ることができれば効率的である。流通の分野ではABC分析とかデシル分析がポピュラーに使われている。

 膨大な営業努力のわりに成約が少ないことを「千三つ」という。しかしビジネスで本当に知りたいのは顧客の出現率が0.3%だ、というようなマクロな予測ではない。具体的な○○さんという個人が顧客になる見込みがあるかどうかを予測したい。この実務的な課題に理論はどう応えてくれるのだろうか。


■ タワーマンションの入居意向


 タワーマンションに対する関心を自主調査したことがあるので、そのデータを使って分析してみよう。これは首都圏に住む497人の成人を対象にした調査で、入居意向があるなら(Y=1)、無しなら(Y=0)とコードした。Y=1は35人だったのでターゲットの出現率は7%である。その他に個人について調べた変数があったので、それをXと書く。Xは1~5の5段階尺度だったが、それは今回の話題の本質と関係なくXは任意の実数でよい。


【仮アンサー】その個人情報を説明変数にして回帰分析をしたらどうですか


 というモデルでYを予測するのが単回帰分析である。説明変数はと拡張できるが、その場合を重回帰分析という。今回は単純化して説明変数が1つのケースで分析してみよう。係数のは未知のパラメータである。

 適当なプログラム*1)を使って分析したところ、と係数が推定された。したがって回帰分析の予測式は次のようになる。


      ・・・・・①


 するとXが4の時はでXが1の時はになる。

     

      図1 入居意向と説明変数の散布図 (図中の直線は回帰直線)


 図1を見れば予測値が大きい人ほど顧客としての見込みが高いのだろうと察しがつくが、予測値の数値が理解できない。

 マーケティング上関心のあるのはタワーマンションの入居意向だった。Yは1か0の値しかとらないのに、0.075という予測値は何を意味するのだろうか。しかも予測値が1と0の中間値に収まるという保証もない。その証拠がという予測値である。つまり①の予測値は確率を意味するわけでもない。これでは回帰分析は使いものにならない。せめて顧客になる確率が出せないだろうか?


【仮アンサー】それではロジスティック回帰分析を使ってみましょう


■ とりあえず入居意向の確率


 今回のデータにロジスティック回帰分析を使うとロジットLは次のように推定された。


    ・・・・・②

 

 次に③式で確率を計算する*2)。すると確率がいくつ以上の人にプロモーションを実施すべきかという「閾値」の決断は残っているにせよ、少なくともPが何を意味するかは社内で通じる。


    ・・・・・③


 ここでexpはネイピア数()の指数関数であることを表している。ではべき乗が小さくて見づらいので、このように書いたのである。②と③を使えばX=4の時は、X=1の時はになる。指数関数は常に正の値をとるのだがPはどう変化するだろうか。③右辺分母のの項が無限大になればPは0に近づき、逆にが0に近づけばPは1に近づく。したがって③はという確率の条件を満たしている。

 

  ところでロジットの定義が何かというと確率Pを④式で変換したものである。ギャンブルの世界ではをオッズというので、ロジットとは対数オッズに他ならない。


    ・・・・・④


 グラフに描けば図2の通りなので、であった確率を実数全体に引き延ばして対応させたのがロジット変換であることが分かる。

      

                  図2 ロジット変換



 ロジスティック回帰分析は、実数の重みづけ合計を使って実数であるロジットを予測するというモデリングなので、論理的な齟齬はない。もっともロジットのままでは関係者には伝わらないので、ロジット変換を逆変換して確率に戻すのである。それが図3のロジスティック変換である。用語が混乱しがちなので、言葉よりも図2と図3のグラフを見比べてもらいたい。

      

          図3 ロジスティック変換


 ④を同値変形することで③が導かれることが確認できる。


     ・・・・・⑤


 WEBで読むには解説が長くなりすぎるので、ここでいったん休憩にして次回に続けよう。


■ 小括


● 出現率を予測するのにこれまで何の疑いもなく回帰分析を使ってきた人がいたと思う。かつて学会でも回帰分析を使った研究を聞いたことがある。従来のマスマーケティングでは出現率が小さい市場を扱うことがなかったので、回帰分析からマイナスの予測値が出るという体験がなく、ロジックの誤りに気づかなかったのだろう。富裕層など希少市場のマーケティングが必要になって初めて、従来的な方法が根本的に誤っていたことが明らかになったと思われる。


●図1を見れば回帰モデルの適合度は相当に低そうだと分かる。今回は回帰式の適合度や係数の有意性の説明は省略した。本来いいたかった論点から離れてしまうからである。ふつうの統計学のテキストには書いてあるはずなので、関心があるなら読んでもらいたい。


●個人が顧客になる確率の予測式が求められた。それで一件落着か?本当にこの確率の値を信用していいのか?という疑問がわいてきただろうか?どんな問題がありそうか読者の方も考えてもらいたい。


(注1)適当なプログラム: Excel、Excelアドインソフト、SPSS、Rなど多数の統計プログラムがある。細かいことをいえばプログラムによって表記の誤りや処理の不都合がある。何が適当なプログラムかについても議論の余地がある。

(注2)③式以下の計算はプログラムがしてくれるので、ユーザーはアウトプットを見るだけでよい。本稿であれこれ手計算をしたのは分析モデルが舞台裏で何をしているのかを見せたかったからである。

 

 


 

朝野熙彦「マーケティング・リサーチ入門 ―「調査」の基本から「提言」まで」東京図書
2018年12月6日発行


 

 本書は、とかくビッグデータの掛け声に踊らされがちな産業界の切実な悩みに応えるものであり、ビジネスの意思決定を導く実践的なガイドになることを目指しています。
 私が書籍全体の編集にあたり、さらにこれまで「マーケティングの処方箋」で述べた一部の内容を転載することにしました。各章は自己完結的な内容とし、実務の上で発生する様々な課題に対して、最新の分析手法を応用することで明確なガイドを与えることを目指しています。
 皆様にはぜひご高覧いただき、お仕事に活用していただければ幸いです。


 

 


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朝野 煕彦 (あさの ひろひこ)

1969年、千葉大学文理学部卒業後、マーケティング・リサーチの企業に就職し、コンサルティング業務を行う。1980年、埼玉大学大学院修了。その後、筑波大学特別研究員、専修大学教授を経て、東京都立大学、首都大学東京教授を歴任する。現在、中央大学および多摩大学大学院客員教授。日本マーケティング・サイエンス学会論文誌編集委員。日本行動計量学会理事。著書は「マーケティング・リサーチープロになるための7つのヒント」(講談社)など多数。


 

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